AKB48の元メンバーで、現在はバラエティタレントとして活躍する野呂佳代さん。
彼女のAKB48時代は、波乱万丈な展開の連続でした。
オーディションでの驚きの行動から、デビュー曲での騒動、そして意外な才能の開花まで。
野呂佳代さんのAKB48時代を彩る衝撃のエピソード3選をご紹介します。
ファンの方はもちろん、AKB48に詳しくない方も、きっと野呂佳代さんの魅力に引き込まれること間違いなしです!
それでは、早速見ていきましょう。
野呂佳代のAKB48加入秘話!オーディションでの”履歴書詐称”とは

野呂佳代さんのAKB48加入は、波乱の幕開けから始まりました。
AKB48第二期生オーディションに応募した際、野呂さんは驚くべき”裏工作”を行っていたのです。
当時22歳だった野呂さんは、履歴書に「20歳」と記入。
さらに、写真も加工して若く見せるという大胆な策を講じたのです。
この行動は、まさに”履歴書詐称”と言えるでしょう。
「アイドルだから20歳くらいの方がいいよね」「足のサイズ、25センチでもいいよね」、さらに「ちょっと丸顔すぎるか」と、添付写真も細めに加工して提出したという。
出典:スポニチ
オーディション当日、現場では野呂さんの見た目の違いに騒然となりました。
しかし、ここで意外な展開が。
AKB48のプロデューサーである秋元康氏が、「この子が成長していく姿がおもしろい」と評価。
野呂さんは見事、AKB48第二期生としての合格を勝ち取ったのです。
この逸話は、野呂さんの強烈な個性と秋元氏の慧眼を物語るエピソードとして、今でも語り継がれています。
デビュー曲での”前に出すぎ事件”から人気メンバーへの道のり

AKB48に加入した野呂佳代さんですが、デビュー曲でも波乱を巻き起こしました。
2006年にリリースされたデビュー曲『会いたかった』での出来事は、”前に出すぎ事件”として知られています。
22歳という年齢もあってか、野呂さんの意気込みが空回りしてしまったのです。
前田敦子さんたちを押しのけて前に出てしまい、他のメンバーから反感を買ってしまいました。
後に野呂さん自身が「カメラに映りたくて人を押しのけて映っていたから、めちゃくちゃ嫌われた」と振り返っています。
さらに「不人気メンなのに」と自虐的に笑って語る姿は、彼女の素直さと自己分析力を感じさせます。
しかし、この”前に出すぎ事件”が逆に注目を集め、野呂さんの個性的なキャラクターが徐々に人気を獲得していきました。
失敗を糧に成長し、AKB48の中で独自のポジションを確立していった野呂さんの姿は、多くのファンの心を掴んだのです。
お笑いコンビ「なちのん」結成!意外な才能開花の瞬間

野呂佳代さんの意外な才能が開花したのが、お笑いコンビ「なちのん」の結成です。
AKB48の同期メンバーである佐藤夏希さんとコンビを組み、漫才に挑戦したのです。
「なちのん」は、お笑いの登竜門とも言えるM-1グランプリに2年連続で出場。
結果は2回戦敗退と芳しくありませんでしたが、アイドルとしての活動の傍ら、お笑いに挑戦する姿勢は多くの人々を驚かせました。
この経験は、野呂さんのバラエティ才能を開花させる重要な転機となりました。
秋元康さんも野呂さんのバラエティ力を高く評価し、メンバー公演の前に”5分のネタ”を披露する機会を与えたほどです。
「なちのん」での経験は、野呂さんの演技力やトーク力、体当たり型の芸風の基礎となり、後のバラエティタレントとしての活躍につながっていきました。
まとめ
野呂佳代さんのAKB48時代は、まさに波乱万丈の連続でした。
1. オーディションでの”履歴書詐称”という大胆な行動
2. デビュー曲での”前に出すぎ事件”から人気メンバーへの成長
3. お笑いコンビ「なちのん」結成によるバラエティ才能の開花
これらのエピソードは、野呂さんの個性的なキャラクターと成長の軌跡を物語っています。
失敗を恐れず、常に前を向いて挑戦し続ける野呂さんの姿勢は、多くの人々に勇気と笑顔を与えてきました。
AKB48時代の経験を糧に、現在もバラエティタレントとして第一線で活躍する野呂佳代さん。
これからも彼女の唯一無二の魅力に注目していきたいですね。
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